Posts categorized "漫画、アニメ、特撮、映画"

「ノンポリおじさん」のこと4

「ノンポリおじさん」の原題「Perkins' Pantomime」でいろいろ検索していると、今度は単行本がAmazonで売っていると知ってまた驚いた。

日本のAmazonでも<洋書>で売られているが7,000円とかすごい値段がする。
そこでアメリカとイギリスで検索したら、それぞれ見つかった。
例えばこんな感じで、ここでは10£で売られている。
「WebPage.pdf」をダウンロード

いずれにせよ古書だ。検討の結果、アメリカのほうでだいたい同じくらいの値段で注文した。

どんな立派な単行本かと期待しつつ、届いてみたら、ほぼ文庫サイズのミニ絵本のような造本で、わずか62ページしかなく、ちょっと肩透かし。

Img_2927

Img_2923

とはいえ2〜3作を除いて『サンデー毎日』に未掲載のものばかりで、その点はうれしかった。
なぜこんなに知らないのがあるのだろう。

そういえば、前回のエントリにも引いたバイオグラフィーには、12年間で約4000本の「Perkins」が描かれたとある。ほぼ毎日1本書いていた勘定である。
一方、『サンデー毎日』には6年8ヶ月の週刊連載、計400本足らずだ。
ということは、われわれ日本の読者が目にしていた「ノンポリおじさん」は、実際に描かれた本数の約10分の1でしかなかったということらしい。
なんということだろう。

大宅文庫のコピー代は1枚52円。今回の調査には2万円近く費やしたが、
ちっとも惜しくないと思っている。
ただ、これで「ノンポリおじさん」の全部を知ったと思ったら、どうやらまだまだだったということらしい。
(続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

「ノンポリおじさん」のこと3

「ノンポリおじさん」の作者、ジョンマイルズ氏は、1934年8月21日にイングランドのサマセットにあるグラストンベリーという町で、警察官の息子として生まれた。

以下のリンクでそのバイオグラフィーを読むことができる。

https://www.cartoons.ac.uk/artists/johnmiles/biography

ドイツで兵役に就いた後、デザイナーを経て漫画家となり、
1968年4月14日にサンデー・タイムズに発表された「パーキンズ」シリーズは、その後1980年までの間に約4000編が世界各国の新聞などに掲載された。

そして彼は1998年2月8日にイギリスのバースで亡くなった。
63歳。けっして長命とは言えない人生だったろう。
日本で言えばその存命期間は藤子・F・不二雄とほぼ重なる。
いま生きていれば81歳。存命でもおかしくなかったのだ。

でももうずっと前から彼はこの世にいない。
そのことを知ってしまったのは切ないことだった。


以下のサイトでは世界中で愛された「ノンポリおじさん」こと「Perkins' Pantomime」の傑作の幾つかを見ることができる。

http://www.slumberland.it/contenuto.php?id=453

左列の上から2番目にはあらためて衝撃を受けた。
このサイトでは選んだ人の好みもあるかもしれないが、ジョン・マイルズ氏の「デザイナー」としてのすぐれた着想による作品が、とくに集められているように思える。
(続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

「ノンポリおじさん」のこと2

「ノンポリおじさん」の作者は英国の漫画家、ジョン・マイルズだ。
1969年〜1975年の『サンデー毎日』に連載されていたコマ漫画だが、
同時に世界各国の新聞などに掲載されていたらしい。

そういうことが分かったのは、やはり大宅壮一文庫で現物に当たったからだ。

40年ぶりくらいに見る「ノンポリおじさん」の絵はとても懐かしかった。
それと同時に作者名を長年勘違いしていたことを知り、本当に驚いた。
そしてそれは最初の大きな収穫だった。

というのは、これでようやく正確な検索ができるのだ。

いままでは「ジョン・マイケル」という誤った記憶に基づき
「John Michael comic」 で検索していたのを、
正しく「John Miles comic」と入れただけで、
たちまちノンポリおじさんに関する海外サイトがヒットしたのだった。

 (ちなみにJohn Miles という同姓同名の70年代に活躍した英国人のロックミュージシャンがおり、同時にcomicと入れても上位に出てくる件数では圧倒的にそちらが多い。ただし、画像検索をするとあっという間に見つけることができる)
(日本語で「ノンポリおじさん ジョンマイルズ 漫画」などと入れても何もヒットしない)

その結果まずわかったこと。
「ノンポリおじさん」は英語では「Perkins' Pantomime」という。
(Pで頭韻を踏んでいる)。
おじさんの名前はパーキンスさんというのだ。
そして「パントマイム」というのにもなるほどと思った。
「ノンポリおじさん」にはせりふがない。ズバリその特徴を表しているのだ。

これがその最初にヒットしたサイトである↓

https://www.lambiek.net/artists/m/miles_john.htm


つぎに、作者名を検索していて悲しいことが分かってしまった。
ジョン・マイルズさんはもう亡くなっていたのだ。
(続く)


<資料>
『サンデー毎日』1971年8月8日号の表紙と、掲載の「ノンポリおじさん」

Img_2892

Img_2893_2


| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

「ノンポリおじさん」のこと1

『サンデー毎日』に掲載されていた漫画「ノンポリおじさん」について調べたことを少しずつ書いていく。

小二〜小三のころ、親の読んでいた週刊誌でたまたま見つけてなぜか大好きだったコマ漫画「ノンポリおじさん」。
時々思い出しては、いつか全貌を知りたいと思いつつ、すっかり大人になってしまった。

インターネットというものができてからというもの、検索というのはまさにこういうことを調べるためにあるはずだと思い、何度か試みた。しかしなんの手がかりも得られなかった。

少なくとも「ノンポリおじさん」「漫画」「サンデー毎日」などでいくら検索しても日本語サイトには何も見つけられなかった。

作者名を覚えていたのでそれを英語にして「comic」「cartoon」などと組みあわせてもやってみた。
記憶ではたしか「ジョン・マイケル」だった。

だが、関係のないサイトが膨大にひっかかるだけでどうしようもなかった。
もっと特徴のある名前だったら良かったのにと思ったがどうしようもない。

そこで今年ついに意を決し「大宅壮一文庫」で掲載誌全調査を敢行することにした。

それでまずわかったのは、ノンポリおじさんの作者は「ジョン・マイルズ」だったというということだ。
(続く)

<資料>

「ノンポリおじさん」(ジョン・マイルズ)は、日本では週刊誌『サンデー毎日』に1969年1月5日号から1975年8月31日まで6年8ヶ月にわたって掲載された。

予告ページ(1968年12月29日号):
Img_2865

「ノンポリおじさん」該当部分拡大:
Img_2864

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

じゃりン子チエ研究2

このあいだから若干はまっている「じゃりン子チエ」。
原作漫画を読まずして語れるのだろうか、ということで、
1、2巻を購入してみた。

わかったこと:
・チエちゃんのスカートはアニメ版ほどタイトではない。
・母親のヨシ江さんは2巻でもう家に帰ってくる。そのあとは基本的にずっと家にいる。

下駄の由来はまだよくわからない。


追記:

はるき悦巳氏は男である…!

なぜ女性だと思い込んでいたのだろう。

| | Comments (3) | TrackBack (0)
|

「じゃりン子チエ」のチエちゃんはなぜいつもタイトな黒スカートを穿いているのか。

チエちゃんのスカートは子供にしては地味な黒だ。
しかもちょっとサイズが小さいように思える。

キャラクターデザインとしては、赤い髪飾りと一緒に、ひとつの要にもなっている。
活版の漫画では視覚的アクセントになるという作画上の目的もあるだろう。
だからただのデザインなのだといえばそれだけのことなのかもしれないけれど、
劇場版「じゃりン子チエ」(1981)を観てなんとなくなるほどそうか、と思ったことがあるので書いておく。

ちなみに原作をまだ読んでいないし、テレビシリーズも観ていない。
それらにじつは、理由を明かしたエピソードがあるのかもしれない。
だから思いっきり的を外しているかもしれないけれど、
劇場版のなかではこうも味わえる、という解釈であることを断っておく。

チエの母親ヨシ江さんは、家を出ている。
父親のテツと正式に離婚しているのかどうかは不明だけれど、
ホルモン焼き屋は小5のチエが切り盛りしている。

でも、チエとヨシ江はたまに二人でこっそり会っている。

ある日玄関に白い花が一輪落ちている。
「おかあはんからの合図や」。チエはとたんにうきうきとして、
翌日「よそ行きの洋服」で目一杯おめかしして出かけていく。
その洋服は、じつは洋裁をやっている母親が作ってくれた物なのだった。

公園でボートに乗りながらチエはヨシ江に言う。
(この映画で最も印象的なシーンだ)。
「おかあはん、うちが中学生になったら洋裁教えてや。手に職があったら、もしものときに一人で生きていけるやろ」
「もしものときって…。おかあはんみたいになったとき?」
ここでヨシ江は微妙な発言をする。

「手に職つけるのもええかもね。でも、一人で生きていけるなんて思ってたら、辛抱せなあかんときに辛抱ができんようになることもあるのよ」

こういう考え方もあるということにまず驚いた。
そしてこれは30年前のアニメだけれど、現代ではこういう考え方や言い方はほとんど聞かれないな、と思った。

いまではたいてい「手に職」があって自立ができ、夫や家に縛られないで生き方が選択できてよかった、という文脈で物語が作られると思う。
ところがヨシ江は、自分はもっと辛抱しているべきだったのに、手に職がつけてあったがために辛抱できずに、家を出る道を「選べてしまった」、ということを後悔しているのである。

(だが、かといってチエが自立できる生き方を選ぼうとしていることを否定はしない。自分はそうだったが、これからのチエの生き方は縛らない。ここは微妙である。そして味わい深い)。

一方チエはこれまたすごい子であって、ヨシ江が、近いうちに家に帰ろうと思っていると告げると、「まだ帰ってこん方がええ。お母はんがいるとテツは安心してまた博打やりよる」。と言うのだった。

妻が収入を持っていると、夫が博打で遊んでしまう。

おそらくヨシ江は完全に夫に愛想を尽かしたり、DVがあったりしたことが原因で家を出たのではない。
自分がいては夫が駄目になる。ますます家庭が荒れ、チエも不幸になる。
そう考えて、あえて家を出た。おそらくチエのためにはこっそりお金を貯め、必要に応じて渡してもいるのだろう。
(だから冒頭で言われるようにチエは「日本一不幸な少女」ではないのである)。


さてチエのスカートだが、当然これも母親が作った物だろう。
地味な黒なのは、余裕のないときにたまたま手に入った布で作ったものか、
または逆に記念のときに作った一張羅である可能性もある。
いずれにせよチエはとても気に入っているはずだ。母親と自分をつなぐ物なのだから。
だから毎日穿いている。少し前に作ったものなので、多少サイズが小さくなっても。


それが正解かどうか、ということよりも、
少なくとも、チエが身に着けているものはなにかしら母親とつながりがある(おそらく髪飾りも)
そう思って見るのと思わないのとでは、味わいが違うなあ、
と、まあそういうこと。

でもなんでいつも下駄を履いてるのかは、この映画を見た範囲ではよくわからなかった。

いずれにせよとても良い作品なので、これ書きながらもう1回観てしまった。

監督:高畑勲 作画監督:小田部羊一 大塚康生
声は大阪吉本芸人オールスター。今は亡き横山やすし、鳳啓介、松本竜助などの声も聞ける。



付記:

今日会社でアニメに詳しいK氏と話していて教えてもらった、
「家を出て行った母親と、洋服でつながる」ということで連想する作品。
岡林信康の「チューリップのアップリケ」。

http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=チューリップのアップリケ&tid=8ec3ac8ce61d792de134f2ce6d95a6ea&ei=UTF-8&rkf=2

長らく「放送禁止歌」だったらしい。

チューリップのアップリケ

作詞:岡林信康・大谷あや子
作曲:岡林信康

うちがなんぼ早よ 起きても
お父ちゃんはもう 靴トントンたたいてはる
あんまりうちのこと かもてくれはらへん
うちのお母ちゃん 何処に行ってしもたのん
うちの服を 早よう持ってきてか
前は学校へ そっと逢いにきてくれたのに
もうおじいちゃんが 死んださかいに
誰もお母ちゃん 怒らはらへんで
早よう帰って来てか
スカートがほしいさかいに
チューリップのアップリケ
ついたスカート持って来て
お父ちゃんも時々 買うてくれはるけど
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし

うちのお父ちゃん 暗いうちから遅うまで
毎日靴を トントンたたいてはる
あんな一生懸命 働いてはるのに
なんでうちの家 いつも金がないんやろ
みんな貧乏が みんな貧乏が悪いんや
そやで お母ちゃん 家を出て行かはった
おじいちゃんに お金の事で
いつも大きな声で 怒られてはったもん
みんな貧乏のせいや
お母ちゃん ちっとも悪うない
チューリップのアップリケ
ついたスカート持って来て
お父ちゃんも時々 買うてくれはるけど
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし

| | Comments (16) | TrackBack (0)
|

最終的にまた漫画が来るような気がする

漫画の最強ぶりが結局この時代にいたってもあまりにも盤石なので,
ここから遠ざからないで最後には戻ってくるような気がする。今のところ。

漫画にはたとえば「映画」が丸ごと入る。
で、簡単に持ち運べて,しかも安い。
(吉崎観音氏の指摘です)

その点において映画より勝っている。

それに代わるものは今ない。

| | Comments (0)
|

日向家はどこに向かうのか。

「ケロロ軍曹」のテーマが「家族」であることはとてもよく分かった。

平凡な日常はいかに危うい均衡の上に成り立っているかという自覚の大切さ,
とはいえ少しずつ成長し変化していく、ということすら無条件で承認しあう、家族。
みたいなことか。

ところで、「家族」に、目的地はあるのだろうか。
「家族」というものはすばらしいが、
結局現代人の多くが抱える「目的の喪失」問題は解決されない。
ほんとうにこれでいいのかな、という漠然とした不安のようなもの。

そんな状況に、
「地球侵略」というあきれるほど明確な目的を持つ、
異星の軍人たちをぶつけてきているように思える。
往々にしてその「目的」の滑稽さがあらわになるのだが。

でも本来、人が生きていくことに目的なんかあるのか。
「家族」に「目的」なんかある方がおかしくないか。

とはいえ、あの軍人たちの行動に、ときどき羨望を覚えることがあるのもまた事実。

この矛盾がおもしろい。

| | Comments (0)
|

『ケロロ軍曹』はなぜ面白いのか。また長く続くのか(メモ)

・目的の明確性。(地球侵略)
・ミステリー的要素。
・ケロン星の詳しい状況が明らかにされず,じょじょに断片的に分かっていく。
・「欠落」を抱えた家族。(父親不在)
・そのいきさつも明らかにされず,じょじょに断片的に分かっていく。
・母親も仕事で遅く,しばしば不在。
・単行本扉の「相関図」にも見られるように各人の行動の動機が明確。
・各人それぞれの利害関係をもちつねに緊張関係にある。(危うい均衡)
・均衡のちょっとした破れからすぐストーリーが展開。
・必要に応じて道具を作る担当(クルル)の存在。
・中学生というポジションで、子どもっぽさも、大人っぽさも自在に描ける。
・当然、恋愛や性的関心を自然に描ける。
・小学生時代を振り返る視点で80年代的懐古も描ける。
・軍人であるという設定からアクションが唐突にかつふんだんに描ける。
・主人公(冬樹)が空洞的で、そのためかえって全体がまとまっている。

| | Comments (0)
|

日本人は学校が大好き

誠に驚くべきことだが、
大多数のというか、ほとんどのマンガ、アニメ作品が、
「学校」を「肯定的な場」として描いている。
オタクも、非オタクも、学校が大好きだ。
主立った少年誌や成功したアニメ作品を見ていると
少なくともそのように見える。

学校を「桎梏」として呪っている作品には、
ほとんどお目にかかれない。

せめて
学校をほぼ無視している作品、
たとえば「ドラえもん」を対抗勢力にこっそり挙げるぐらいだろうか。

漫画家やクリエイターとしてある程度能力を発揮するには、
「学校」への適応は必要だということだろうか。

でもじつはみんな
「実際の学校」になにか「理想」をかぶせて、
現実を見ないようにしていたりしないか?

学校って実際、そんなによかったか?
自分にウソついていないか?
または、自分の過ごした「学校」しか、知らないからじゃないか?
そう思わないとやってけなかったからじゃなかったか?


| | Comments (0)
|

より以前の記事一覧