Posts categorized "日記・コラム・つぶやき"

理系/文系の分類に収まらない人々

理系/文系の分類に収まらない人々がいると思う。それもたくさん。

理系じゃない人のことをすべて文系に分類するのはまず、間違っている。

じゃあ体育系か、というのも早計。
なぜなら理系でかつ体育系、文系でかつ体育系の人はふつうにいるから。

理系でもなく文系でもなく、かつ体育系であったりなかったりという人がいっぱいいいて、
それはじゃあ何系なんだということ。

理系の人は、世界が「本当は」どうなっているのかを、
「論理で」分かるところだけ確実に理解しようとする。
「分からない」ことはとりあえず切り離し、深追いしない。

文系の人は、世界が「本当は」どうなっているのかを、
「言葉で」すべて一気に理解しようとする。
「分からない」ことがあると落ち着かないので、しつこく答えを求める。

ではどちらでもない系の人は?
自分の周りの世界や状況が「本当は」どうなっているかなんて、どうでもいい。
とにかくいま、「どうふるまうのが正解か」「誰についていけば安心か」、を常に考えている。

こういう第3の分類の人たちを何系と呼べばいいのだろうか。
じつは「政治系」ではないだろうか。

| | Comments (2) | TrackBack (0)
|

文化貿易

貿易の基本は、わざわざ外国から仕入れてくると儲かる、ということだと思う。
なぜなら、国内にそれと同じものがないから。
外国のものには価値があるというのは、単純にそういうこと。
同じものが国内にあるのなら、国内のものを売り買いすればいいので、価値は生まれない。

また、もうひとつ貿易の基本は、同じようなものを仕入れてくるライバルが少なければ少ないほど、独占的に儲かる。これも基本だと思う。


で、
作物や物品ではなくて、文化的なものでも、貿易が成り立つ。
国内にない文化を海外から仕入れて、うまく売ると、それもまた儲かるのだ。

そしてやはり、ライバルが少なくまだ誰も気付いていないくらい、いち早く輸入すればするほど、仲介者は独占的に儲かる。

ファッションや音楽、文学など、どれだけ早く外国のものを模倣してきたかで、アドバンテージをとった成功例で溢れている。


この、「文化貿易」で価値を生むものは、あくまで「情報」であるから、
輸入に掛かる物理的な輸送費や、ストックしておく倉庫代などが掛からない。
単に人より早いか、他の誰かが気付いていないか、それだけが勝負だ。

そして、その障壁の高さが近年、劇的に下がってしまった。
ネットだけじゃなく、実際に海外に行き来する人の増加も激しい。語学に堪能な人も増えた。
「海外事情通」というのは、かつてのように特別な人たちだけの独占ではなくなった。



以上が「文化貿易」についての通常の認識。



以下、「文化貿易」を拡大解釈してみる。

国内でも、オタクなど、特別な領域の知識をもっていると、
一般的な社会との間で「文化貿易」が成り立つ。

オタク社会の中ではとくに珍しい知識でなくても、
一般社会に持ち出すと、経済的に価値を持つということが往々にしてあるのだ。

理系という領域も、それ自体かなり大きな領域ではあるが、
一般社会がおおむね文系なので、これもまた「文化貿易」が可能になる。

ニッチ産業というのは、最初からそれを意識して経済活動をしようという企てだとも言える。

世の中の中心から外れた生き方をしている人は、
自分が異邦人であることを意識し、
そのポジションの違いが、一般社会との間で「貿易」的価値を生むかどうかを
考えてみるとよいのではないかと思う。

ぎゃくに世の中の中心的な価値観に沿った生き方をしている人は、
自分がもっともありふれた一般社会人であることをこれもまたよく意識し、
そのすぐ周りに、異なる文化を持つ文化的異邦人たちが暮らしていることに気付くべきである。
そして、彼らと、なにか価値のある「貿易」が出来ないか、検討してみるといいと思う。


地方、というものも、何かが足りないとか不利とか言う前に、
「貿易」の対象と考えてみるといいと思うし、

世代間の違い、というようなものにも、同様な可能性があると思う。

| | Comments (10) | TrackBack (0)
|