« March 2019 | Main | September 2019 »

June 2019

「シミュレーション仮説」について

『この世界は誰が創造したのか』(冨島佑允)http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309253930/

を読み、考えたことメモ:

 

現在の世界を丸ごと細部まで正確にシミュレートした仮想現実を作ることが出来るとする。

 

その「シミュレーション世界」は、そのまま観察したり、または意図的に介入して条件を少しずつ変えて観察することで、ある状態から世界の未来がどうなっていくかを調べることが出来る。


多くのデータが集まるほど正確な未来予測ができるのだから、ひとつだけではなく無数のシミュレーション世界がつくられることになるだろう。


 

そうして作られた世界はまた、未来に時を進めるだけでなく過去に巻き戻すことも可能だろう。

 

単に巻き戻すだけでなく、最初に作り上げた時点よりもさらに過去へとそれを延長して作っていくことも出来るはずだ。

つまり物理法則に従って世界を丸ごと過去へと演繹していくわけだ。

 

世界はどのようにして始まったのか、いまこの世界がこのようである原因はなんなのか、世界の起源をさぐるそうした研究も、シミュレーション世界を作るの目的の一つと考えられる。

 

 

われわれの住んでいるこの世界もまさにそうして、何者かによって作られたシミュレーション世界の一つなのではないかという仮説がある。

 

シミュレーション世界は論理的に考えて無数にあるはずで、であるならば確率的に考えると、この世界はシミュレーションの一つであるほうが、そうでない場合よりも蓋然性が高いのだという。

 

 

「五分前世界創造説」という思考実験さながらに、われわれの世界は本当につい最近始まった「過去を持たない世界」なのかもしれない。


または、未来のある時点から過去に向かって演繹されて作り出されつつある世界である可能性もある。その場合、過去はこれからも生み出されていくが、未来はある時点から先はない、ということになる。

 

 

前者後者いずれにせよ、謎なのは、そうした世界の中でなぜ「この今」が今なのか、ということだ。

 

もしかすると、たまたまこのシミュレーション世界の創造者がわれわれを観察している時が「この今」なのだ、ということなのかもしれない。

 

例えば、文章で書かれた本であれば、いまここが読まれている行である、ということ。ビデオであれば、今ここに再生バーが合わされているということなのかもしれない。

 

 

ところでシミュレーション世界を作るにはかなり進んだ科学力が必要だとすると、その世界に模されて始まっただろうわれわれの世界は、この今のわれわれの現在よりもかなり未来から始まったと考えたほうが自然だろう。

 

そこから過去に向かって作り出されたこの世界を、ある時点からあらためて、われわれが「意識」と感じるものが未来に向けてトレースしている、というわけだ。

| | Comments (0)

タイムマシンと同じことが出来てかつ矛盾のない機械。

タイムマシンはパラドクスを引き起こす。

パラドクスというより、論理矛盾と言っていいのではないだろうか。

これを解消する方法として考えられるのは、シミュレーションマシンだと思う。

 

例えば映画「レディ・プレイヤー1」のようなもの。

ただしあの映画とは違い、本当に身体ごとあの世界に入って行けるシミュレーションマシンでないといけない。

その点で完璧なのは「もしもボックス」だ。

もしもボックスに入り、例えば「1969年の世界に」とリクエストする。するとボックスの外は1969年になっている。

これは50年の過去にタイムトラベルしたことと変わらない。

 

タイムマシンと違うのは、リクエストした瞬間にあらたに作り出した世界なので、1969年のある時点の世界と全く同じ状態からスタートするが、その世界に入った使用者(トラベラー)がどんな変化を加えても、全くパラドックスや論理矛盾をおこさないということだ。

 

(続く)

| | Comments (0)

おれ選・池田澄子名句集1

池田澄子さんの句は名句が多すぎて、おれの中では完全に別格なのである。

 

 

瞬いてもうどの蝶かわからない


じゃんけんで負けて蛍に生まれたの


潜る鳰浮く鳰数は合ってますか


セーターにもぐり出られぬかもしれぬ


ピーマン切って中を明るくしてあげた


迎え火に気付いてますか消えますよ

 

目覚めるといつも私が居て遺憾


死んでいて月下や居なくなれぬ蛇


口内炎へ舌行きたがる瀧の前


バナナジュースゆっくりストローを来たる


あめんぼがあめんぼを見る目の高さ


蚊柱の縁をうろうろしている蚊


秋風にこの形ゆえ我は人


蛇苺いつも葉っぱを見忘れる


短日の燃やすものもうないかしら


アマリリスあしたあたしは雨でも行く


ふたまわり下の男と枇杷の種


初恋のあとの永生き春満月


おかあさーんと呼ぶおとうさん稲光


未だ逢わざるわが鷹の余命かな  

 

(随時追加)

| | Comments (0)

三井団地〜寝屋川団地給水塔

正月に途中下車して寝屋川市の給水塔を見に行った。


2019年1月2日撮影。

 

Img_08971

香里三井団地の給水塔。(おそらくA団地)

 

Img_08961

絵柄から80年代頭頃に描かれたものだろうか。

 

Img_09091

大阪弁。

 

Img_09021

わりと近くにもう1基ある。

(こちらはB団地か。地図との対応がよく分からず保留)

 

Img_09101

庇の形が扇形なのがいい。

 

 

Img_09181 

三井小学校の塀。「オアシス運動」の全国分布を調べた人はいるだろうか。

 

Img_09211

三井中央幼稚園。

 

Img_09611

少し南のほうへ歩くとある、香里三井F住宅の給水塔。

二階建駐車場の上から見ることが出来るので観賞しやすい。

 

Img_09571

クリスマスイルミネーションをつけたままだ。点灯した様をいつか見てみたい。

 

Img_09531

Img_09561

買ったばかりのコンデジの望遠レンズを活かして。 

 

Img_09591

小さな広場。クリスマス集会などもあったのだろうか。

Img_09711

三井団地の給水塔同士、同じデザインだということが分かる。

Img_09721

Img_09731

Img_09741

Img_09751

 

 

 

Img_09891

少し離れて兄弟のような塔がある。

 

Img_10041

Img_10021

 

 

 

三井団地の北側に隣接する寝屋川団地へ。

Img_10321

 

Img_10631

Img_10651

スピーカー。

Img_10981

 

 

Img_10581

70年代の絵本のような壁面絵画。いつ描かれたのだろう。

Img_10751

 

Img_10791

Img_10861

 

 

 

Img_11011 

たまたま近所で見かけた宗教建築。給水塔のぬっと出る感じと似ていることは似ている。

でもおれには給水塔のほうがずっと興奮できるのだった。

 

Img_11061

バスを待つ間たまたま見かけた建物のディテール。あまり大きいものではない。

 

Img_11081

バスの窓から。あらためて「みつい」ではなく「みい」である。

 

| | Comments (0)

« March 2019 | Main | September 2019 »