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失われた言葉の感覚

40年前に若者たちの間であまねく歌われたという、
岡林信康の「私たちの望むものは」
http://nvc.halsnet.com/jhattori/green-net/Okabayashi/WatashitachinoNozomumono.htm
の歌詞は,おおむねいまでも賛同できるものだが,
3番の最後の行には、ちょっと「えっ」と思う人が多いのではないだろうか。

 私たちの望むものは
 与えられたことではなく
 私たちの望むものは
 奪いとることなのだ

誰から?何を奪い取るんだって? 

いま、私たちの日常的言語感覚に、「奪い取る」ことを良しとする感覚はない。
「蟹工船」ブームがどうのと言われているが,普通はそういう感覚はなくなっているのだ。
でも、40年前にはそういう感覚も、奪い取る相手も確かにいたのだろう。


おなじく、今幼稚園の卒園式でも歌われている、
「あの広い空のように」
http://www.geocities.jp/koji_ito_gassyou/anoaoisorano.html
の5番の、以下の歌詞には驚く。

 怒りを(怒りを 燃やそう(燃やそう)
 小さな(小さな) ぼくたちだけど
 あの青い空のように
 澄みきった心になるように


怒りを燃やす?だれに対して?

幼稚園や小学校で歌われるときにはもちろん、
この5番は省略されているそうだ。

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