2020年コロナ語メモ

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ダイヤモンド・プリンセス

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コロナショック 

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岡江久美子

休業要請

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自粛要請

自粛警察

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緊急事態宣言

専門家委員会

8割おじさん

西浦博

尾身茂

PCR検査

抗体検査

検査抑制

医療崩壊 

アビガン

ステイホーム

Uber Eats

置き配

9月入学

zoom会議

zoom授業 

zoom飲み

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zoom慣れ

zoom疲れ

テレワーク

リモートワーク

リモート授業

リモート飲み

超過死亡

実効再生産数

コロナ疲れ

コロナ太り

コロナベビー

コロナ破局

コロナ倒産

コロナ前/コロナ後

ポストコロナ

アフターコロナ

コロナ明け

新しい生活様式

第二波

ダブルスピーク

マスク美人

東京アラート

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‪ドラえもんが「トインビー・コンベクター」である可能性。‬

 昨日たまたま入った古本屋で買ったレイ・ブラッドベリの文庫本で「トインビー・コンベクター」という短編を読んで、ああこれは「ドラえもん」の果たしている役割そのものかもしれない。と思ったのだった。

 

 あえてネタバレを書いてしまうが、

(ネタバレを避けたい人は以下を読む前にその短編を探して読んでみてください)

 

 

 人類初のタイムトラベラーが、100年後の未来に行って帰ってくる。彼の詳細なレポートによると、そこは戦争も環境破壊も差別もなく、科学技術と自然が調和した、まさに人類の到達点ともいえる輝かしい未来だった。

 その知らせに世界中は歓喜に満ち、自信を取り戻し、様々な困難を克服した結果、100年後の世界は、まさに彼が報告した通りの姿となった。

 一方、当のタイムトラベラーは、未来世界の報告を終えた後、なぜかタイムマシンを封印し、世間から身を隠して沈黙してしまう。

 ある日、そのタイムトラベラーから、あるジャーナリストに、たった二人で会見をしたいとの連絡が入る。彼が最初に訪れた未来の日付を指定して。

 (タイムトラベラーは130歳。医療技術の飛躍的発展がこの長寿を可能にしたのだった)

 人類を代表する興奮に打ち震えながら会見に臨むジャーナリスト。しかしまさにその記念すべき瞬間が来ても、そこに現れるはずの若きタイムトラベラーはついに現れない。

 そして本人の口から、彼の報告もタイムトラベルそのものも、巧妙に作り上げられた映像による嘘だったのだと告げられる。

 全てを理解したジャーナリストは、会見の一部始終が記録された媒体を焼却炉に放り込んで、その場を立ち去るのだった。

 

 

 あらすじをまとめると、皮肉とニヒリズムに満ちた話とも取られかねない話だが、ブラッドベリの文体のなせる技なのか、不思議と読後感は良い。

 

 多くのSFはもっとネガティブな未来を描いてきた。

 それらが果たしてきた役割は、このタイムトラベラーのついた嘘の逆だったとも言える。

 そんな中、いまだにあっけらかんとした明るい未来を描き、新作アニメでそのイメージを供給し続けている「ドラえもん」はますます貴重な存在となっていくかもしれない。

 

 

 ドラえもんの誕生日は、はよく知られている通り、2112年9月3日だ。

 ドラえもん誕生100年前を記念した小学館の企画で、歌人の枡野浩一は次のような短歌を詠んだ。

 

  ドラえもんあなたがいるということが未来があるということだから

 

 この短歌は、多くの現代人に、前向きで明るい希望を与えるだろう。

  だが、読みようによっては、ドラえもんがいないのならばわれわれにはあのような未来はないのだ、とも読める怖さも秘めている。だからこそ、その緊張感がより望ましい未来をもたらすのではないだろうか。

 ドラえもんとはそのようなものであるという意味で、「トインビー・コンベクター」(トインビーの主張したような不断の挑戦を文明に促す「意識の攪拌機」)である、とも言えるのである。

 ※トインビーの文明論についてはここでは割愛する。

 

 レイ・ブラッドベリ翁は2012年、91歳の生涯を終えた。

 ドラえもんが誕生する100年前、枡野さんがあの短歌を書いた、まさにその年に。

 

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謹賀新年2020

2020

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世田谷区大蔵住宅給水塔 

2019年11月20日、東京メディアシティ砧スタジオで、仕事で関わった番組収録立ち会いがあり、タクシーで通りがかった。

仕事を早めに切り上げて、ぎりぎり日のあるうちに撮影。

世田谷区大蔵三丁目。


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信号待ちに交差点での威容。早く近くでみたい。

 

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一般道の歩道からほぼ至近で全容がみえる。

 

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手前に「採水口」。頼もしい存在感。

 

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フェンスで囲まれてはいるが、ほぼ足もとまで行く事ができる。

 

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場所柄ウルトラセブンなどのロケにももちろん使われたらしい。

 

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コンクリート製と思しき裸婦像。

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力強さを感じる。

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このまま絵葉書になりそうだ。

 

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歴史。

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凧の名句集

凧きのふの空のありどころ (蕪村)

人の親凧を跨で通りけり (一茶   

二村の凧集まりし河原かな (正岡子規)  

人の子の凧あげて居る我は旅 (正岡子規)  

小き子の小き凧を揚げて居る (正岡子規)  

糸のべて凧の尾垂るゝ水田哉 (正岡子規)  

きれ凧や糸くひとむる鬼瓦 (正岡子規)  

忽然と凧落ち来る小庭哉 (正岡子規)  

凧三角、四角、六角、空、硝子(芥川龍之介)  

かの童まだ遠凧につながれる (林翔)  

われとあり天を知らざるわが凧よ (橋本多佳子)  

兄欲しや弟欲しや凧を買ふ (成瀬正とし   

凧とぶや僧きて父を失いき  (寺田京子)  

凧の影走り現る雪の上  (松本たかし)  

夕空や日のあたりゐる凧一つ  (高野素十)  

凧上げの手応へ残る夜の指  (佐久間尚子)  

凧小さし川の向うの知らぬ町  (辻田克巳)  

凧手繰る墓の背後の市街より  (澤木欣一)  

凧揚げて子の水飲むや眼は天に  (大熊輝一   

凧揚げて空の深井を汲むごとし  (福永耕二)  

凧糸につまづく母を歎く子よ  (中村汀女)  

凧糸ののびるばかりの怖ろしや  (岸風三樓)  

凧高し少年風をにぎりしめ  (島田まつ子)  

切れ凧や江越え丘越え麦は青  (東洋城千句)  

切凧の絵をうつぶせに麦の上 (篠原温亭)  

洋凧と云ふが血走る目を持てり (相生垣瓜人)  

屋根越しに刈田に落ちし凧引かる  (田川飛旅子)  

つなぎ凧どんどん地球が軽くなる (宮川としを)  

凧ひとつ浮かぶ小さな村の上(飯田龍太)  

凧糸の白のひとすぢ身より出て(桂信子)  

一縷にて天上の凧とどまれり (平畑静塔)  

大凧の魂入るは絲切れてのち(高橋睦郎)  

凧の糸天には見えず指に見ゆ(山口誓子)  

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ラグビー名句集

ラガー等のそのかち歌のみぢかけれ (横山白虹)

枯芝に祈るがごとく球据ゆる(横山白虹)

ラグビーのしづかにボール置かれけり (岸本尚毅 

フランスを診るフランスのラグビー医 (山口誓子)

まためくれラガーの背中めくれ易し (山口誓子)

ラガーらの雄しべのごとく円となる (加藤三七子)

ラガー等のパンツ串刺にて干さる (窪田英治)

ラグビーボールぶるぶる青空をまはる (正木ゆう子 

ガラス拭くたびラグビーのポール見ゆ (徳弘純 

ラグビーの死闘と別に雀群れ(森澪雨)

ラグビーや敵の汗に触れて組む(日野草城)

ラグビーの離り駆くるがみな斜め(岸風三樓)

ラグビーの地にでこぼこの大薬缶(宮川杵名男)

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川柳1、2

俳句の傍らついつい出来てしまう川柳。

iPhoneのメモに保存してたメモが、無くなったと思ってたら見つかった。

 

 

川柳メモ1、2 アーカイブ

 

川柳 1

 

尻一つずらしただけで感謝され

 

最近は下からも開くチャックかな

 

迷う服サイズがなくてホッとする

 

クーラーを買ったあの日を忘れない

 

海苔ですら生まれ変わって新登場

 

空中に指で四角の尋ねごと

 

報告をし過ぎて上司パンクする

 

足首を出してさっそく蚊に刺され

 

代休の小学生の所在無さ

 

折り畳み置いてきた日に雨が降る

 

あたたかや路上で寝れる高円寺

 

理容師の納得するまでヒゲ剃られ

 

ジャニーズの知識嵐で止まってる

 

庭はすぐ植物園となりにけり

 

食うために生きそのために腹減らす

 

揚げ茄子に醤油肉より飯進み

 

カツサンドちょっと眺めてかぶり付く

 

この中のきっとどれかが届出印

 

ふと思い出すAMの周波数

 

追い越されながらバス停まで歩く

 

俺たちは防人なんだと云う上司

 

扇風機いらない機能はリズム風

 

本人はケロリ周りは大騒ぎ

 

挨拶は1足す1の口でする

 

籐椅子の変えた角度をまた戻す

 

洒落乙なホットドッグはパン硬し

 

版ズレや飛び出す眼鏡掛けてみる

 

息子とは飲み交わせない酒もあり

 

秋だから普通の弁当超美味い

 

取ると寒い掛けると暑い布団かな

 

騒がしい家族出掛けてもう寂し

 

銀シャリを食わせてみたいギリシャ人

 

青春が長過ぎる人の浅き愚痴

 

 

川柳 2

 

新幹線他人の彼女の大欠伸

 

新幹線火薬の代わりに人を詰め

 

キーボード絆創膏で隣押す

 

戦場で敵の自撮りにいいねする

 

ハロウィンっていつだったっけとまた聞けり

 

新横浜乙女の祈りで発車する

 

人間は丸くなったりトガったり

 

ハロウィンを過ぎて日本は冬となり

 

iPhoneの変なアラーム効果的

 

それ何処で?マスクの紐が蛍光色

 

若夫婦それぞれの手に家電もち

 

まずパソコン次に上司に挨拶す

 

初夢の三本立てに疲れけり

 

筋肉を伸ばす楽しみくれる凝り

 

SMAPの一人ひとりに思いあり

 

親は地方子はみな都会生まれなり

 

ホワイトデーの方が先でもいいですか

 

青信号意外と長く点滅す

 

勉強は馬鹿ほど伸びる余地があり

 

いなくなるために居場所が必要だ

 

人間が人間に剥く牙痛し

 

有名の基準はいまやウィキぺディア

 

ハングルのなるほどこれはキムチの「チ」

 

一票を投じるように宝くじ

 

スマホ抱きニヤニヤしながら歩く人

 

履けばすぐわかる左右の違いかな

 

うれしいとうそをつく人うつくしい

 

地震来てそのままつけているラジオ

 

平らげた後で見返すカロリー表

 

スリッパを脱いだところへ履きに行く

 

年賀状四五日目から盛り返し

 

半分は局長からの年賀状

 

延々をまた永遠と言い違え

 

すずさんにごめんと言って飯捨てる

 

子供らの休みの長さ羨めり

 

オクターブ上がってさらにハモりけり

 

低音の息子の声にまだ慣れぬ

 

家事用にスーパースーツ欲しくなり(佐江内氏)

 

見つけたる君の苗字の判子買ふ

 

捨てられし体重計の零を指し

 

ししまいがついいましがたいましたが

 

富士山をふじちゃんと呼ぶ三歳児

 

人間は二種類いるとまた言われ

 

ゴミ箱にいったん入れて外に出し

 

イヤホンが人のラジオにハモりけり

 

幸せの総量規制あるのかも

 

食パンよ食べないパンがあるのかよ

 

長袖の上にTシャツまだ慣れぬ

 

CMに問題のない人の出て

 

飛ぶように走る乗越電車かな

 

アンヌ若しウルトラセブンの再放送

 

またダンがウルトラアイを盗まれる

 

分けないで食べる焼き鳥久しぶり

 

暖かや蓋を開けるの怖い鍋

 

午前中に起きたからまあよしとする

 

読むものがなくて自分の日記読む

 

トイレまで追いかけてくるメールかな

 

捨てられぬティッシュの箱に謎のメモ

 

夏休みのび太も一つ歳を取り

 

残りものあればあるだけ食べる主義

 

最近は二秒でものを忘れけり

 

逆向きに寝てみるだけで旅気分

 

夕永し銀行の名前も長し

 

レジの人の決まり台詞を背で聞く

 

この朝は「寒い」がホットワードかな

 

キスシーン撮影前にカレー食ふ

 

そのうちに復活しそう遣唐使

 

酒ラベル裏に回して二日酔い

 

自分だけ相席の蕎麦味のせず

 

知らんがな「なんで私が東大に。」

 

バランスを取るために買うもう一冊

 

見回せば独裁国家ばかりなり

 

空中で吊革探す本の虫

 

平成の終わりに昭和終わりけり

 

地震来て安否確かめ水を買ふ

 

 

徳山雅記

 

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おれ選名句集

iPhoneのメモに保存してた最初の「おれ選名句集」より:

 

鶏頭の十四五本もありぬべし

(正岡子規)

 

いくたびも雪の深さを尋ねけり

(正岡子規)

 

流れゆく大根の葉の早さかな

(高浜虚子)

 

落ちざまに虻を伏せたる椿かな

(夏目漱石)

 

滝の上に水現れて落ちにけり

(後藤夜半)

 

外にも出よ触るるばかりに春の月

(中村汀女)

 

封切れば溢れんとするかるたかな

(松山夏山)

 

水枕ガバリと寒い冬がある

(西東三鬼)

 

露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す

(西東三鬼)

 

採る茄子の手籠にきゆあと鳴きにけり

(飯田蛇笏)

 

春ひとり槍投げて槍に歩み寄る

(能村登四郎)

 

戦争が廊下の奥に立つてゐた

(渡辺 白泉)

 

ピーマン切って中を明るくしてあげた

(池田澄子)

 

じやんけんで負けて蛍に生まれたの

(池田澄子)

 

初茸のどこか傷つくところあり

(嶋田麻紀)

 

きらきらと目だけが死なず鬼やんま

(加藤楸邨)

 

いきいきと死んでゐるなり水中花 

(櫂未知子)

 

うなぎ屋のうの字延びきる暑さかな

(川合正男)

 

かたちなきものへとかへる秋の雲

(高梨章)

 

ショベルカー木槿に触れて止まりをり

(堀本裕樹)

 

てざわりがあじさいをばらばらに知る

(福田若之)

 

春はすぐそこだけどパスワードがちがう

(福田若之)

 

夜のシャワー俺が捕つたら勝つてゐた

(黒岩徳将)

 

水槽の泡とらふぐを押し戻す

(トオイダイスケ)

 

商店街だんだんただの道の夏

(佐藤文香)

 

会計が済んでわたしの桃である

(友定王句会より)

 

水中花あなたは何も見なかった

(傍点鯖王句会より)

 

上巻を入れて下巻を出す鞄

(黒木理津子)

 

ごみ出しの帰りは手ぶら花南天

(るいべえ)

 

窓越しに君には見ゆる冬の雨

(藤井あかり)

 

自動ドアひらくたび散る熱帯魚

(岡田由季)

 

 

 

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「シミュレーション仮説」について

『この世界は誰が創造したのか』(冨島佑允)http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309253930/

を読み、考えたことメモ:

 

現在の世界を丸ごと細部まで正確にシミュレートした仮想現実を作ることが出来るとする。

 

その「シミュレーション世界」は、そのまま観察したり、または意図的に介入して条件を少しずつ変えて観察することで、ある状態から世界の未来がどうなっていくかを調べることが出来る。


多くのデータが集まるほど正確な未来予測ができるのだから、ひとつだけではなく無数のシミュレーション世界がつくられることになるだろう。


 

そうして作られた世界はまた、未来に時を進めるだけでなく過去に巻き戻すことも可能だろう。

 

単に巻き戻すだけでなく、最初に作り上げた時点よりもさらに過去へとそれを延長して作っていくことも出来るはずだ。

つまり物理法則に従って世界を丸ごと過去へと演繹していくわけだ。

 

世界はどのようにして始まったのか、いまこの世界がこのようである原因はなんなのか、世界の起源をさぐるそうした研究も、シミュレーション世界を作るの目的の一つと考えられる。

 

 

われわれの住んでいるこの世界もまさにそうして、何者かによって作られたシミュレーション世界の一つなのではないかという仮説がある。

 

シミュレーション世界は論理的に考えて無数にあるはずで、であるならば確率的に考えると、この世界はシミュレーションの一つであるほうが、そうでない場合よりも蓋然性が高いのだという。

 

 

「五分前世界創造説」という思考実験さながらに、われわれの世界は本当につい最近始まった「過去を持たない世界」なのかもしれない。


または、未来のある時点から過去に向かって演繹されて作り出されつつある世界である可能性もある。その場合、過去はこれからも生み出されていくが、未来はある時点から先はない、ということになる。

 

 

前者後者いずれにせよ、謎なのは、そうした世界の中でなぜ「この今」が今なのか、ということだ。

 

もしかすると、たまたまこのシミュレーション世界の創造者がわれわれを観察している時が「この今」なのだ、ということなのかもしれない。

 

例えば、文章で書かれた本であれば、いまここが読まれている行である、ということ。ビデオであれば、今ここに再生バーが合わされているということなのかもしれない。

 

 

ところでシミュレーション世界を作るにはかなり進んだ科学力が必要だとすると、その世界に模されて始まっただろうわれわれの世界は、この今のわれわれの現在よりもかなり未来から始まったと考えたほうが自然だろう。

 

そこから過去に向かって作り出されたこの世界を、ある時点からあらためて、われわれが「意識」と感じるものが未来に向けてトレースしている、というわけだ。

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タイムマシンと同じことが出来てかつ矛盾のない機械。

タイムマシンはパラドクスを引き起こす。

パラドクスというより、論理矛盾と言っていいのではないだろうか。

これを解消する方法として考えられるのは、シミュレーションマシンだと思う。

 

例えば映画「レディ・プレイヤー1」のようなもの。

ただしあの映画とは違い、本当に身体ごとあの世界に入って行けるシミュレーションマシンでないといけない。

その点で完璧なのは「もしもボックス」だ。

もしもボックスに入り、例えば「1969年の世界に」とリクエストする。するとボックスの外は1969年になっている。

これは50年の過去にタイムトラベルしたことと変わらない。

 

タイムマシンと違うのは、リクエストした瞬間にあらたに作り出した世界なので、1969年のある時点の世界と全く同じ状態からスタートするが、その世界に入った使用者(トラベラー)がどんな変化を加えても、全くパラドックスや論理矛盾をおこさないということだ。

 

(続く)

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