「徳山館」という名称は、88年~89年、当時すんでいた高円寺の四畳半を、友人で写真家の広瀬勉氏と「生活者のいる四畳半展示室」にした(要するに自分の部屋をそのままギャラリーにした)際の、名前を気まぐれに復活したものです。
「本当はどうなっているのか」ということ。